|
旅の出発点はLos Angelsだった。はじめての一人旅でもあり、適度な緊張と共
に、ぞくぞくするような興奮を覚えた。ハリウッドのユースホステルに泊まっ
たが、ここの人も親切にしてくれた。写真はハリウッドのメインストリート。
カリフォルニアの乾いた空気とまぶしい太陽が心地いい。
|
|
ロスで一泊した後、バンクーバーにとんだ。ほんとうの旅の始まりはここであ
る。今からバスを使ってアメリカ大陸を横断するのだ。浮き立つような気分と
共に、いろんな不安も感じる。バンクーバーは落ち着いた街だった。のんびり
するにはちょうどいい。旅の出発点としては最適な街だったのかも知れない。
|
|
バンクーバーで2、3日過ごした後、バスで一晩かけてジャスパーに来た。
早朝街に着いたが、鹿が町中を平気で歩いているのには驚いた。自然に囲まれ
た街らしい光景だ。ジャスぱーのユースは、街から7キロほど離れた所にあっ
た。したがって、ユースと街を往き来するにはヒッチハイクをするしかなかっ
た。しかしこれにより、ヒッチハイクの仕方とその楽しさを知った。
|
|
ユースで知り合った韓国人のHoun Sooと共に、ラフティングに出かけた。時間
と人数の関係で初心者コースを選ばざるを得なかった。スリルには欠けたが、
ロッキーの自然を堪能できて楽しかった。しかし、このときかぶった水のため
か、この後風邪をひいてしまった。
|
|
ブリュースターのバスを利用して、ジャスパーからレイクルイーズにやってき
た。その間のロッキーの雄大な姿もすばらしかった。レイクルイーズのユース
がすばらしいからぜひ泊まるように、とジャスパーで会った人に言われていた
が、その言葉どおりとてもきれいで雰囲気のあるところだった。レイクルイー
ズはいちばん有名なロッキーの風景のひとつだと思うが、この日は曇っていて
写真で見る姿は見れなかった。
|
|
レイクルイーズ周辺は、ユースからの道のりで知り合ったドイツ人と一緒に回っ
た。レイクルイーズの奥にSix glaciersという氷河があり、そこに行くことに
した。途中にきれいな湖(写真)があった。氷河までには、断崖に近いところ
を通ったり、やぎがいたりして楽しめた。
|
|
4000メートル級の山の合間から、強風が吹き付けてくる。その風の中に
氷河はあった。ところどころ、大きな裂け目が口を開けている。どのくらい長
い時間をかけてこの河はながれているのだろう。振り返ると、この河によって
作られたエメラルドグリーンのレイクルイーズが見えた。
|
|
レイクルイーズからバンフ、カルガリーを経由して、エドモントンにやってき
た。バンフは完全に観光地化していて興味がなかったし、カルガリーはバスの
乗り継ぎで2時間ほどいただけだった。エドモントンも、これといって何かあ
るところではなかったが、旅の中休みとして、映画を見たりして一日ゆっくり
過ごした。ユースで肉を焼いて食べたが、アルバータ牛は安くておいしかった。
それと、カナダにはモルソンというビールがあるが、これはアメリカとは違っ
てどっしりしたビールで、いつもおいしかった。写真はエドモントンのバスディー
ポ。内陸なので空には雲がなく、とてもきれいだった。
|
|
エドモントンから丸2日半、バスを乗り継ぎ、僕はトロントにやってきた。こ
こまで、バスは何もない広大な平原を走り続けた。太陽は地平線から昇り、
地平線に沈んでいった。夜空は星で満ちあふれた。すばらしい景色だった。
トロントはそんな風景とはうってかわって、大都会だった。しかし、この都会
に僕にとっては退屈なところだった。トロントには一日しかいないことにした。
|
|
トロントからナイアガラまで、グレイハウンドのバスで2時間くらい。ユース
に荷物を預け、滝まで歩いた。徐々に轟音が聞こえ始め、30分くらい歩くと、
とてつもない大きさの滝が姿を現した。これはもう滝という概念をとっくに越えて
いる。恐ろしさすら感じた。
|
|
モントリオールはキュートな街だ。僕がいちばん好きな街のひとつである。特
に旧市街は古い建物が並んでいて、何回歩いても飽きない。実際に退屈な時は、
夜一人でぶらぶらと歩いた。こんな古いところには不似合だったが、近くにス
ポーツパブがあり、そこでユースで知り合った人達と共に、F1日本グランプ
リを観戦した。カナダのドライバー、ビルヌーブが優勝をかけた一戦だったの
で、なかなか盛り上がっていた。一緒に飲んだのは、カナダ人とイタリア人と
ニュージーランド人。こんなことがあるからユースは楽しい。
|
|
モントリオールのユースに、一週間後に戻ってくる、と告げて、僕は北部のロ
レンシャンと呼ばれる地域に行ってみることにした。ここでは紅葉が美しいと
聞いていた。僕が行った時期は10月半ばだったので、もう紅葉は終わりかけ
ていたが、まだ少し残っていた。温度は一桁台で寒かったが、ここのユースは
老夫婦が経営していて、毎晩お爺さんが暖炉に火を着けてくれて、とても暖か
い雰囲気のところだった。ここがとても気に入った。
|
|
この地域には100km以上におよぶサイクリングロードがあった。ユースで自
転車を借りて、一日サイクリングにでかけた。風が強かったが、紅葉した大
自然の中を走るのは悪い気分ではなかった。
|
|
この辺りの自然は、ロッキーとは趣がことなり、とてもやさしい感じがした。
ロッキーがごつごつした男性的な魅力をもっているとしたら、ここはやわらか
く包み込んでくれるような女性的な美しさがある。特に高い山もなく、
森が延々と続いていた。
|
|
ヒッチハイクをして、Val Davidというところにあるユースから50km程離れ
た、Mont Trembrantという、この辺ではもっとも高い山(1000m弱)に登っ
た。適度な山で一日で登るにはちょうどよかった。頂上からは、延々とどこま
でもうねる紅葉した森が見えた。天気もよく、すばらしい一日だった。
|
|
季節はちょうどハロウィンのころだった。Val Davidの村のごみ袋もかぼちゃ
を描いたものが多かった。この辺のユーモアがとてもうれしい。
|
|
Mont Trembrantからの帰りのヒッチハイクには苦労した。行きは30分くらい
でつかまったのだが、1時間くらいしてもつかまらない。やっとつかまった車
で、途中の国道までのせてもらい、そこでまたヒッチ。1時間後くらいにつか
まり、宿まで1/3くらいの距離までのせてもらって、そこでもう一回ヒッチ。
今度は1時間弱でつかまって、やっと宿の近くまで乗せてもらった。親指が凍っ
てしまうようなの寒さで、つらかった。数日後、モントリオールまで帰る時もヒッ
チをしたが、このときは2時間待ちくらいを二回繰り返した。フリーウェイで
のヒッチが一番辛かったが、このとき乗せてくれたおじさんはとても親切にし
てくれ、モントリオールの地下鉄のチケットまでくれた。100km以上乗せて
くれた。このときの感動はずっと忘れられないと思う。
|
|
モントリオールのユースでは一週間ぶりに帰ってきた僕の姿を覚えてくれていて、
歓迎してくれた。お礼をいって、次の日僕はニューヨークへ発った。アメリカ
入国はとても簡単だった。ニューヨークは大雨だった。セントラルパークが池
のようになっていた。雨の中、僕はユースに電話をかけまくり、やっとチェル
シーにある一泊20ドルのベッドにありついた。その日は雨が降っているのでメ
トロポリタン美術館に一日いて、夜はBirdlandという所にジャズを聴きにいっ
た。チャーリーパーカーが"The Jazz Corner of the World"といったところだ。こ
の日は、ファーガソンのステージで、相変わらずハイノートを出しまくっ
ていた。質の高い音楽を身近に聞ける環境をとてもうらやましく思った。
|
|
ジャズをやっていた僕にとって、また、20世紀の進歩の象徴ともいえる大都
会、ニューヨークには、いろんな意味で憧れがあった。ここでの毎日は興奮の
連続だった。いろんな人種の雑踏、汚れた地下鉄、あらゆる芸術を目指してい
る人達、天を突く摩天楼、すべてが僕にとって好奇心の対象になった。夜は、
音楽を聞きにいったり、ユースで知り合った人達と飲みにいったり、毎日を夢
中で過ごすことができた。
|
|
エンパイアステートビルからウォールストリートがあるFinancial District
を見た。剣山のように高層ビルが乱立している。また、手前には比較的古いビ
ルが建っている。こちらは、屋上に塔のようなものが建っていて、それぞれの
ビルでデザインがことなる。僕はこの尖ったビル達が大好きだった。
|
|
5thストリートのすぐ近くにある。ロックフェラ-センター。ここにはスケート
リンクがあり、子ども達がいっぱい滑っていた。5thストリートはにぎ
やかだった。何でもあるし、人も多勢歩いている。ここで、路上で売っているホッ
トドッグを食べながら歩いていると、自分もニューヨーカーになったような錯
覚に陥る。
|
|
WTCに上った。少し前まで世界一の高さを誇っていたビルだ。スモッグのむこ
うに、5thアベニューや、エンパイアステートビルなどのビル群が見える。
|
|
ウォールストリートは拍子抜けするほど小さかった。数百メートルほどではな
かろうか。ここには、NYSE(ニューヨーク証券取引所)があった。目の前で世
界の経済が動いているはずなのだが、今一つ実感が湧かなかった。
|
|
夕方のエンパイアステートビルに上った。夜は街と自動車の明かりで、一段とき
れいだった。しかし、この人工的な美しさをまえに、一人旅をしている僕はな
んともいえない寂しさ感じた。
|
|
ニューヨークを象徴する最大のもののひとつが自由の女神だろう。遠くパリの
方向をむいて堂々と立っている。王冠のところまで登ったが、思ったより狭かっ
た。天気もよく、旅の最後に、のんびりとした一日を過ごすことができた。
この日の夜は、僕にとってアメリカでの最後の夜で、ユースに泊まっている人達
とユースの前の路上でビールを飲みながら語り合った。アメリカでは公共の場
所での飲酒は禁じられているので、時々パトロールに来るパトカーに注意しな
がら夜は更けていった。そのままJFK空港にいき、ベンチで寝ながら翌朝のサ
ンフランシスコ行の便を待った。夜の空港は静かだった。
|