2004年10月13日

インターネットがあれば新聞はいらないか?

世の中で起こった出来事を知ることは、新聞の目的の一つである。しかし、その点に限ればインターネットを使った方が、よりタイムリーに情報を得ることができる。ではなぜ紙媒体の新聞は衰退しないのか。

俺自身、最近はもっぱら新聞社のHPを見ることで情報を得ていることが多い。事件や出来事はもちろん、社説やコラムまで、しかも無料で購読することができる。しかし、なぜか紙の新聞の購読をやめられないでいる。

インターネット上の新聞と紙の新聞の違いは何か?それは出来事の社会に対する影響力の大小がインターネット上では表現できないことにあると思う。いや、表現できるのかもしれないが、今までそのようなHPをお目にかかったことがない。インターネット上の新聞社のHPを見ると、その日の出来事や事件に関する記事がずらりと並んでいるが、見出し等に差はなく、見た感じどれも同じ重みに見える。今まで、インターネット上で、無意識に興味のある記事だけを選別して読み続けてしまい、自分があまりチェックしていない情報が実は世間で大きく騒がれていた、という経験もあった。世の中の出来事の事の重大さは読者が判断すべき、という考え方もあるかもしれない。至極全うな考え方である。しかし、新聞社HPの場合は単なるシステム上の問題である。一方で紙の新聞では、物事の社会に対する影響度の大小とは、端的に言えば見出しの大小で判断できる。

ただ、ことの大小の判断を新聞社任せにしているという事実は、究極的に考えれば危険なことかもしれない。意図的な情報に扇動される可能性もある。しかし、現在の新聞社が健全なジャーナリズムおよびマスメディアとしての役割を自覚している存在であることを信用するに足ると判断するならば、見出しの大きさはある一定の基準と捉えることができる。せめてその判断は読者自身で行われるべきだが。

非常に単純な理由である。しかし今のところ紙媒体としての新聞は存在するに足る理由は、十分にある。

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